昭和46年1月16日 朝のご理解


 御神訓一「四季の変わりは人の力の及ばぬ事ぞ。物事時節に任せよ。」

 四季の力が人の力に及ばぬ事である事は誰でもよく分かります。ね。暑いから寒いからというてそれを私共がどうというて、それを私共がどうというて、どういういわば科学万能の時代がまいりましても、その、四季の変わりをどうこうすることは人間の力を持ってする事は出来ません。
 人の力に及ばぬ事と仰せられるその物事時節に任せよと。だから物事は時節に任せよと言うことは四季の変わりだけではないといったようなことが分かります。物事という様々な問題といっても良いでしょう。どんなこんがらがった問題でありましても人の力に及ばぬ事だからいわゆる時節に任せると言うことは神様にお任せするという事。
 昨日のご理解の中でここんところを引用させて頂いたその次の御神訓に「天地の事は人の眼をもって知ってしりがたし恐るべし恐るべし」とありますね。昨日はこの恐るべしという言葉は恐いといったような意味合いに頂きましたけれども、私共が人の力という事ではなく、人力とでも申しましょうかね、人力ではなくて神力に任せた時にです、神力に縋り神力に任せた時にです、ね、神様に一切をお任せしきった時にです、どういう働きが生まれてくるかと、いわゆるおそるべしおそるべしです。それは天地の働きの凄まじいまでの働きをここ一つに集める事が出来るしこの一心にそれを表す事が出来るというのが信心のいわゆる霊験だと思うですね。
 いわゆるその天地の働きというかね、神様の凄まじいまでの働き、それを私共がね、すさまじいまでの働きをです、ね、弱いものにしている。それが人知尽力によろうとするからです。浅はかな人間の考えでそれをどうこうしようとするから、ですから、神様におすがりしながら神様にお任せしきらんところにです、ね、その、凄まじいまでの働きを受ける事が出きるのです。いわゆる人間心を使うからです。ところが中々その場になってみますとね、人間心を使わなければならない、不安であり心配であるやはり、不安であればイライラするのである。今日私はご神前でね、御祈念中に「山と川の合言葉」と頂いた。
 なるほど、これはまあ(     ?     )ねその、(   ?  )をしないように使った合言葉だと言われております。ね。山川とこういうわけなんです。ね。そして今日の教典を開かせて頂きましたら、御神訓でただ今申します、四季の力は人の力に及ばぬ事だという事を頂いて、山と川の合言葉がどのように、どのようなことになるのだと私は思わせて頂いて、あ、成る程だと私は合点がいった。ね。ただ今申しました、神力無限でありしかも凄まじいまでの働きがあり、その凄まじいまでの働きを弱いものにしてしまう。いや、場合にはその凄まじいまでのこれほど生きた神様を頂きながら生きた神様を殺してしまうような働きすら私共がしておる場合があるという事。
 そのね、その例えば凄まじいまでの働きを凄まじいまでの働きとしてあらわしていくという事にここに時節がいるわけ。だからその時節を待つ間がね、やはり、(?)をしないように山と川の合言葉という一糸乱れぬ整然とした生き方が要求されるわけです。ね。昨日は毎年のことですけれどももう十何年続いておりましょうか、北野の総代であります、堤さんところの一年に一回の謝恩祭がありました。有り難いと思います事はもう年々歳々ね、おかげを受けておるという姿が例えばこの大きな( ? )一棟づつ多くなっておる。まあ繁盛しておる印だと思いますね。しかもそのお奉りの内容が段々去年より今年というように、本当な事になっている。もうちょっとした教会の御大祭ですよね。
 参拝者も信者のお付き合いの御信者は勿論の事、親戚の方が皆集まっておるし、または従業員の方達が皆(?)皆やはりご参拝になっておれられるわけです。村内の御信者さん方は前の日からお掃除から勝手の方の御用に五六人の方達が来て頂いて御用して頂いておりますね。丸きり教会行事のように、(              録音不良     )今まであちらにそれも立派に出来ておりましたけれどもね、まだ、添う長くはならならないと、ちょっと貧弱だった。八足がありましたけれども、丁度昨日の間に合って出来ておると言う事。もうそれが見事な八足が出来ておる。やっぱり三万なんぼかかったといわれるから見事なそれこそ檜のそのプンプンするような新しい八足に神様を奉祭してのお祭り。
 ですから本当な事が少しづつ分かっていっておる。少しづつ分かっていくから本当な事がさせて頂かなければならないと言う事になってきた。より本当な事が出来て来るようになって来たと言う事だろう。お祭りのまあその真心一心というか、もう、家族上げての御信心ですから、宅祭り宅祭りと心に祈り願わせて頂きながらのお祭りですから、非常にお祭りが仕え良い。あれはみょうなものですよ。一人でもですね、そげんせんでもよかろうとちごたっとがおると、こちらに響いてくる事がねお祭りが仕えにくいのです。みんなが心を一つにしてのお祭りですからお祭りがほんに仕え良い。お祭りを仕えた後にご理解を頂いた。そのご理解にね、今日のご理解を引用させて頂くとにいいようなご理解をいただいたのですけれどもね、私が少年時代、いわゆる小学校時代の五六年生の頃じゃなかっただろうかと思われるのですけれども、お話しだけはもうはっきり私の心の中に残っておる。ある時母と善導寺の教会が親教会ですから、参拝のおかげを頂いた。夜の御祈念ですから誰もお参りがあってなかったけれども、御祈念が終わった後に親先生がお道の新聞の一文のところを読んでくださった。それがね、今に私の心の中に残っておる。
 ね。そうしてどういう風に残っておるかと言うとね信心は尊いものだと、何とはなしにね、まあ、その時にそういうような気持ちにしらんけれども、段々その思いが強くなった。その話しが生き生きと私の心の中をいわばとらえて離さないほどしの生き生きとしたものになってきた。というのはね、胸の病気かなんかで医者が見離したある青年の方が熱心に信心しておかげを頂いた。それで、ない命を頂いたのであるから、これからは神様のお喜び頂けれるような御用に使うて頂きたいとお願いをしてお道の教師になられた。
 本部に修行に行かれ教師の資格をとられそれから、布教に出られた。ところが布教に出たものの、人は一人も集まってこないし、人が助からないし。そういういうならば教会の修行時代にでも申しましょうかね、そういう、時代にまあ4年か五年か経った頃、ね、国の方の兄さんかなんかやってきて、あまりものその、修行が激しいものですからね、見かねられてそして、その、信心を止めよとはいわない。確かに金光様のおかげで命を頂いたのであるから、信心を止めよとは言わないけれども、今しばらく国のほうへ引き揚げてね、百姓でもさせて頂きながらぼちぼち信心をさせて頂いたらどうであろうか。お前のために山も、いわゆる田地田畑も分けてやるようにしてやる。家も建ててやるようにしてあるから、どうだろうかと言うて兄さんがその事を進められた。その時にその若い先生が仰られた事。「兄さんご親切はもう身に染みるほど有り難い。けれどもね、兄さん私はこの頃もちっと修行がしてみたいもちっと苦労がしてみないなあとしきりと思うようになった。」といわれる。お兄さんがそれを聞かれてあんたがそこまで填まっておるならば何を言おうかと言う記事が新聞にのっておった。勿論その後において大変なごひれいを頂いたという教会のごひれい誌なのである。ごひれい話しなのである。私はそれを聞かせて頂いて子供心の非常に感動した。信心ちゃ非常に有り難いなあと。それは今から思うてみると信心ちゃ不思議な働きを頂くと言うようなことはもう大坪の家の上にはもうそれこそ、もうそれはね、大変なおかげを頂いたものです。現親先生は勿論ですけれども、初代の先生の頃。私が子供の頃。もう私は父が熱病で助からないというときに、母の一生懸命の信心にyよってね、おかげを受けた時なんかの時には朝参りをして帰ってきてからお神様を拝もうとしたときにはお社がね少し扉が開いたような感じがしたと。それがあまりにも奇異であり不思議であったから、とってかえして、善導寺にお参りをしたんです。そしたら親先生がそのままお社を(?)お社をそのまま持って、持ってきておるから、箱に包んで善導寺の教会に持ってまいった。それからこうやって親先生がそれを開かれましてね中にこう包装紙で包んでおる水引がかかっておる。それを御神米が入っておる。それをほどくられたところがね、御神米がいわゆる、お剣先の部分だけがこがれておった。私共は子供の頃にお説教の先生がおいでられる時にその御神璽をお供してお説教の材料にお話しになり、私もそれを子供心に感激して聞かせて頂いた話しなんです。そういうですね、例えばもう不思議なおかげを頂くという意味においては私は何回も命を頂いておる昨日の、お話をいたしましたが、父が足を切断しなければいけないというときに、ね、唯、姉にあたる人が都合で親戚会議をしなければなりませんからね、親戚達全部兄弟立ち会うて切断という事になっとったのが、その姉になる人が何かの事情で出来なかったので一日伸ばしてくれという電報が入った。それでそのそれを待っていよいよ手術と言う事になった時にね、あの白布を取った時にはすでに化膿しておったのが、真っ赤な血になっており、もう、ここがえぐるようになっておったのにね、真っ赤な肉が盛り上がるようになっとったという、しらごとのようなお話しなのである。そんなお話し聞かせて頂いてね、それから私共は子供の時から婆が私を表して言うんですね、私が遊びまわってからこの人は金光様のご恩どん忘れよったら罰かぶるちいうていいよりました事がここにいつも残っておる。
 本当に私は金光様のおかげで助かっておるのだという事が非常に強い。誰よりも。ね。そういうおかげを頂いてですね、不思議なことじゃなあ有り難い神様であるなあということは分からせて頂くのですよね。ところが私は子供の時からその話しじゃないけれども、信心ちゃ尊いものだなあと言う事を分かっておったような気がするのです。
 段々長じるにしたがってその思いは非常に強くなった。ね。お兄さんが家を建ててやる、田地田畑も分けてやろう、信心を止めよとは言わんと。まあ、一応国に帰ってといわれた時にその若い先生が言うておられることは兄さん私この頃もちっと苦労がしてみたいと言うことがしきりにしてならんといわれたということなの。信心とは私は宗教とはそういう力働きを現す事を教えるのが信心だと思う。
 ね。真っ暗いトンネルのような中を通っておるとね、ただ、そこを通り抜けさせて頂いただけではなくて、とおりぬけるその真っ暗な中にですね、信心の光りを心に頂かせて頂いて通らせて頂く。通らせて頂いた暁にはもうその人なのです。ね。いわばその、私が少年時代に聞かせて頂いたというそのお話しをです、例えば今日のご理解にもってまいりましたらどういう事になるでろう。ね。その時にはあそうですか、そんならとにかく私がこうやって布教にでたけれども、助かりませんし、お参りもあんまりないし、そんなら兄さんあなたのお言葉にあまえて、一応引き揚げさせてもらおうかと言ったらどういうことになっておっただろう。そういう例えば人情とか人間心を身にしぐるものは私は信心の尊いところに触れておらなければ出来ることじゃない。人間心にかまけるとか負けてしまう。そこのところをご神意と悟らせてもらうというかね、神様のご都合に違いないと思わせて頂く生き方。ね。そこからもちっと苦労がしてみたいというような私は生き方がです、私は山と川を見事にねいわば、(?)せんですむ、そこで運命が止まってしまう、いやそれから反対の方になっていってしまうという事ではないといういわば恐るべき天地の働き凄まじいまでの天地の働きをそこにキャッチしていけれる事になるのじゃないでしょうかね。ご理解86節に「女は世界の田地である。世界の田地を肥やしておかなければ良いものは出来ん。女は家の家老じゃ。家老が良くなければ城がもてんというが、女がようなければ家が持てん」というご理解がありますが、私はここの場合は女は世界の田地であるということではなくてですね、お道の信心者、いわゆる信奉者は世界の田地であるという自覚に立てというのである。生き生きとした、(?)ですね、生き生きとしておる信者にお取り立ていただけというのである。
 ね。爺さんと婆さんでは子供は出来ん。ね。本当にいわゆる若い者の生き生きとしたもの。それがね、私共の信心によってそれが世界の田地に、ね、私が本当におかげを受ける。そのおかげがです、自分の周囲に広がっていくというほどしの働き。お道の信奉者の全てがです、いわば家の家老としての自覚というか世界の家老としての自覚ね。女(?)もっておるところの女は世界の田地と仰るが信奉者全てが世界のおかげを生み成していくところの田地であるという自覚を持つところにです、ね、自分の周辺から明るいもの、力強いもの、世界真の平和を願って止まないのですけれども、唯、願っておる祈っておるだけではなくて、自分の足下からそこで、真実助かって行く人達の数が増えていくほどしのおかげ。いわゆる、生殖機能である。そういうおかげをです、私共が田地を肥やしておかなければと仰るが私共の心を肥やしておかなければならない。
 なら、肥やす、心を肥やすと言う事はどういう事かと。ね。私は様々な物事時節に任せよと今日仰るその様々な物事の中には良いこと悪い事様々あるでしょう。ね。嫌なこともある。苦しいこともあろう。けれどもねそこをある意味では馬鹿と阿呆でいくと、金光様唱えながら辛抱していくというか、ね、自分の心の中にそれを収めていくというか、そういう働きをさせて頂く内にです、段々心が肥えていくのではないでしょうかね。そこで、なら、山と川の合言葉と言う風に頂いた事がね、私共が人間心をつかわんですむ生き方というか信心。どういう事が起きてきてまいりましてもそれを神ながらとしていき、神様のご真意おぼしめしとして受けていくという生き方。そのような生き方をしながら時節を待つと言う事になる。(?)。ね。ところがこれだけ信心しておるのにどうしてこういう事が起こってくるだろうかとそこに人間心を使うてあれに縋りあれに頼るところにです、山と川との合言葉ではなくて、ね、そこに、その人との衝突がいわゆる、同士討ち的なものになって本当な芽がでらんなりに、しまえなければならないという事になる。いわゆる神様の恐るべし恐るべしといわれるほどしの、凄まじいまでの働きを弱いものにしてしまっている。
 だから人間心の強い人はおかげを受けられんというのはその事なのです。ね。私共が人間成る程、私共思いますのはね、かみながらな生き方の中にはあの、いわゆる神様の恐るべし恐るべしというほどしのいわゆる凄まじいまでの働きを弱いものにしていってしまう。だから人間心の強い人はおかげを受けられんというのはその事なのです。
 ね。私共はね、人間誰でも、私共が思いますのはね、神ながらな生き方の中には本当に馬鹿らしいこともあります。ね。こういう人間心を使うたら少しは楽になるのにという事もありますけれども、ね、そこんところを神様だけがご承知の世界に行き抜く事が信心なりと分からせて頂いてです、それを全部生神金光大神様とおとなえさせていただきながら時節を待たせていただくというところからね、四季の変わりは人の力に及ばぬ事人間の例えば運命でも人間の力を持ってしてもどうにも出来ないものがある。それを時節を待つことによってです、それを見事にキャッチしていくだけではなくてです、新たな運命を開いていくというそこに新たな運命の展開もあるわけでございます。ね。
 どうぞ信心と言うものがそのように一心を立てればわが心に神がござるから、おかげになると仰るようなおかげを受けて行くこともありがたいな。だからそれも信心は有り難いということになる。ところがその難儀がかみながらとして受けていく受ける姿勢というものがです段々身についてまいりまして自分の心が豊かに肥えていくところの事実を自分で感じられるところからです、もちっと苦労がしてみたいということになってくる。それを、私は信心を尊いものにしていくことだとこう思う。だから信心は尊いものと同時に有り難いもの。そこのところが相まっていかなければその信心は弱いことになってくると思います。物事をただ、腕くまねてただ、時節をまかせるという放任してのものではなく、そこのところの(?)が無いように神乍らその受け方のなかに修行がある。
 いやそれをむしろ尊い物としての受け方がそこからね、人の力に及ばぬと仰せられるのですから、その(?)を神様の働きをもって表してくださるときにです、成る程神様じゃなあということになってくる。
 二十年前まで食べるに食がなかった。住まいに家もなかったほどしのなら私がです、20年後(?)出来た時にです、ね、信心の無い者はやっぱり神様じゃなあというて言ったという話を聞いた。ね。それはすさまじいまでの働きであった。それはどういう事であったかというといわゆる成り行きを黙って合掌して受けていくという一点に焦点を置いておったという事です。成る程神様の働きを阻害しなかった。神様の働きをいや見事に受けて行った時に、いわゆる同士討ちにならなかった。山と川との合言葉が見事に交わされておったという事になるのです。ね。中にはやはり、血の涙が流れるようなこともあったのだけれども、そこを黙って受け答えて行くうちに私の心の中に力が頂けた、光もまた頂けたという事にもなる。今日は四季の代わりは人の力に及ばぬ事。これは四季といわれるから暑い寒いということでしょう。けれども、そういう、例えば神様の間違いのない働き。そういう私共の四季というか、私共の寒い暑いといったような事。今だけはつらい思いをしておるならば、まあ、霜の朝にもにたようなものではないでしょうか。ね。ですからそういう人間の四季の上にもです、(?)これは人間の事です。人間のその四季の上にはです、物事時節に任せれば花が咲いてくるのだと。ね。それを見事にキャッチしていけれるために慌てるな、(?)人間心を使わずにそこんところを辛抱していけ、時節を待てということになってくる。そこで、だから時節を待つだけではなくて、待っておる間に私共は、いうならばトンネルをくぐらせて頂く、真っ暗な中を通り抜けたら明るくなったというだけではなくて、トンネルをくぐらせて頂いておる間にこれが信心の光であろうかという尊いものを頂いていくことをなさなければならない。そこのところを信心は有り難いもの尊いもの、という事を段々(?)体験を持って分からせて頂く信心がありますね。
                                     どうぞ